医師で作家としても活躍している鎌田實さん。
メディアにもたびたび登場するので顔を見たことがある人も多いと思います。
でも、プライベートな部分って意外と知られていないんですよね。
今回は、そんな鎌田實さんの家族について、ちょっと踏み込んでご紹介していきます。
人を助ける活動に情熱を注ぐ鎌田さん。
その背景には、愛情あふれる家族の存在がありました。
取材記事やインタビューをもとに、妻子や子ども、そして孫たちのエピソードも交えてお届けします。
鎌田實の結婚した妻や子どもは誰?
公にはあまり多く語られていませんが、鎌田實さんには結婚された奥さんがいます。
お名前は「さと子さん」と言って、鎌田さんより1歳年下なんだそうです。
出会いは学生時代。まだ医師になる前の若い頃からのご縁で、長く連れ添ってこられたんですね。
鎌田さんって、メディアに出るときはいつも穏やかで柔らかい雰囲気なんですけど、その人柄は結婚生活にもにじみ出ているように思います。
さと子さんと過ごす時間が、きっと鎌田さんにとって大切な癒しなんじゃないでしょうか。
夫婦の詳しい馴れ初めや家庭での様子はあまり明かされていないけれど、学生時代からのパートナーってやっぱり特別な絆を感じます。
長年支え合ってきたからこそ、今の鎌田さんがあるのかもしれません。
ちなみに「独身では?」という噂もあったようですが、これはあくまで表にあまり家庭の話が出ないからでしょう。
実際は、家族に囲まれた温かな暮らしを送っておられるようです。
一男一女の子どもと孫たち
鎌田實さんには2人の子どもがいて、男の子と女の子。
つまり、一男一女の父親でもあります。
お子さんたちはすでに成人していて、それぞれ家庭を持っているとのこと。
今ではお孫さんも生まれて、賑やかな家族になっています。
特に印象的だったのが、孫たちが遊びにくると「ミーくん遊ぼう!」と元気に飛びついてくるというエピソード。
なんとも微笑ましくて、思わず笑ってしまいました。
まさか名医と呼ばれるような鎌田さんが「ミーくん」なんて愛称で呼ばれているとは、ちょっと意外でかわいらしいですよね。
自分の祖父をニックネームで呼ぶ関係って、距離の近さが伝わってきます。
きっと普段から優しくて、話しやすい存在なんでしょう。
息子さんは長野県の松本市に住んでいるそうです。
嫁と孫と一緒に、鎌田さんのもとへよく遊びに来てくれるのだとか。
松本といえば自然も多くて、子育てにも良さそうな場所ですよね。
長野県といえば、鎌田さんが長年勤めた諏訪中央病院もあるので、地理的にも縁が深いのかもしれません。
一方、娘さんの情報はあまり出回っていません。
ただ、こちらも結婚して子どもがいるとのこと。今はそれぞれの家庭で日常を営みながら、節目の時には集まっているのかもしれませんね。
名前や年齢、写真などの情報は非公開のようですが、きっと鎌田さん夫妻に似て、穏やかで思いやりのあるご家族なのではないでしょうか。
鎌田實のプロフィール
今でこそ、鎌田實さんは日本を代表する医師であり、人道支援活動の第一人者として知られています。
でも、その人生は決して順風満帆ではなかったんです。
実は、生後1歳10ヶ月のときに養子に出されているんですね。
引き取って育ててくれたのが、養父・岩次郎さんと養母・ふみさんのご夫婦。
個人タクシーを営みながらの生活で、決して裕福な家庭ではなかったそうです。
しかも養母・ふみさんは心臓に持病があり、医療費の負担もあって生活は大変だったはず。
それでも2人は、血のつながりを超えて、鎌田さんに愛情いっぱいの子育てをしてくれたといいます。
私自身も親の支えで人生が変わったと思える瞬間があるので、鎌田さんの話を聞くと胸が熱くなります。
「育ての親」って本当にすごい存在ですよね。
大学進学を希望したとき、岩次郎さんは「今の生活で精一杯だから、授業料も生活費も自分で稼げ」と言ったそうです。
でも、そのあとにはちゃんと続きがあって「自由に生きろ」とも言ってくれたんですね。
さらに、「医者になったら、患者さんを怒鳴ったりびくびくさせる医者にはなるな。つねに弱い人や貧しい人を大切にしろ」という言葉も添えられていました。
この言葉が、鎌田さんの医師としての原点になったんじゃないかと思います。
実は、鎌田さん自身、自分が養子だと知らずに育ちました。
戸籍を確認したのは37歳のとき。
パスポートを作るために見た書類で初めて知ったというのだから驚きです。
でも、そのときも「すごい人に拾われた」と感謝の気持ちを語っていて、本当に育ててくれた家族への尊敬が深いんだなと感じました。
親子の形って、血よりも絆なんだなと思わされます。
この家庭で育ったからこそ、鎌田さんは誰かを支える人生を選んだのかもしれません。
鎌田實の家族観と、支援活動
鎌田實さんが手がけてきた支援活動は、医療の枠を超えて世界中の人々に希望を届けるものでした。
1991年からはチェルノブイリ原発事故の被害者支援に取り組み、22年間でおよそ14億円分の医薬品を届けたそうです。
その後はイラク支援にも尽力し、小児病院への薬支給や難民キャンプでの診療など、多岐にわたる活動を行っています。
さらに印象的だったのが、迫害によって医師の夢をあきらめかけていたクルド人の学生に学費支援をしたという話。
今ではその学生も立派な医師として活躍しているそうです。
鎌田さんにとって、支援を必要とする人たちは「遠い誰か」ではないんですよね。
どこかで、自分と家族の延長線上にある「大きな家族」のように思っているんじゃないかと感じます。
生まれたときに血のつながりから切り離された鎌田さんだからこそ、人と人の絆を大事にする感覚がとても強いのかもしれません。
自分も含めて、多くの人が誰かに支えられて生きている。
その原点を改めて思い出させてくれる存在です。
まとめ
鎌田實さんの人生は、家族との絆に支えられてきた軌跡でもあります。
妻のさと子さんとの長い歩み、2人の子どもと孫たちとの日常、そして育ての親から受け取った大きな愛情。
どれもが、今の鎌田さんを形づくる大切なピースです。
医療という枠を超えて、世界に希望を届ける活動を続けている背景には、そんな家族の温もりがありました。
今は少しずつ世代交代も進んでいるかもしれませんが、家族と過ごす時間がこれからも鎌田さんの元気の源になるでしょう。
いつか、鎌田さんの人生を描いたドキュメンタリー映画が公開される日がくるかもしれません。
そのときは、きっと多くの人が胸を打たれるはずです。
これからも健康で、幸せな日々を送っていってほしいと願っています。
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